フェイクニュースと選挙介入

川口貴久(東京海上日動リスクコンサルティング 主任研究員)

  2018年11月6日の米中間選挙は世界中から高い関心を集めた。その理由の一つは外国勢力による選挙介入(election interference,「選挙干渉」とも呼ぶ)である。米トランプ政権はロシアを始めとする諸外国の介入を明言し、サイバー軍や司法当局も対応を講じた。今後、米国の情報機関は中間選挙から45日以内に選挙介入の詳細をトランプ大統領に報告する予定だ。因果関係を明らかにすることはほぼ不可能だが、外国勢力の介入によって選挙結果(それも国家元首選出に関わる国政選挙等)が変わったとすれば死活的問題である。そうした意味で選挙介入は民主主義国家・社会に対する差し迫った脅威である。もちろん、外国勢力による選挙介入は新しい現象ではない。しかし、現代の選挙介入はサイバー攻撃やSNS上での工作活動を組み合わせ、影響力を高めている。

フェイクニュースとは?
  
選挙介入の現代的手法の一つがフェイクニュースだ。2016年米大統領選挙では、「ローマ法王がトランプを支持」「ヒラリーはテロリストの親玉」等の偽情報が流布された。これらは分かり易い「フェイク」だが、フェイクニュースの定義は悩ましい。フェイスブック社はフェイクニュースの4類型、「Fake Account」(アカウントやウェブサイトの偽装)、「Fake Audience」(SNS上でフォロワーやムーブメントの偽装)、「Fake Fact」(偽の事実)、「Fake Narrative」(センセーショナルな見出しをつけたり、特定の事実を強調することで異なる印象を与えること)を提示している。「Fact Narrative」はフェイク判定が難しく、演出過剰なテレビ番組も該当しそうだ。また権力を批判する政治風刺の多くも「フェイク」に該当するだろう。
 さらに匿名の情報源に基づく報道もフェイク、との見方もある。この意見に従えば、政権内の匿名情報源「ディープスロート」を用いてニクソン大統領を辞任に追い込んだボブ・ウッドワード記者は、逆にニクソン大統領から社会的に抹殺され、ウォータゲート事件は闇に葬られただろう。最近では、自らが気に入らない大手メディアや政敵を「フェイク」とラベリングする傾向もある。こうした状況を踏まえて、英議会下院デジタル文化メディア・スポーツ委員会は2018年10月「フェイクニュース」という用語を使うべきではないと勧告した。上記の「フェイク」の定義の難しさ、フェイクニュースの規模と拡散スピードを考慮すれば、フェイクニュース禁止法(安易なラベリング)やファクトチェックだけでは問題の解決にならない。対策には行政、議会、政党・政治団体、メディア・SNSプラットフォーマー、国民の協力が不可欠である。フェイクニュースに関する情報リテラシーは単に教育問題ではなく、安全保障問題と捉えて対策を講じるべきだ。

選挙介入の効果と手法
 
話を選挙介入に戻すと、介入はフェイクニュースに限定されない。選挙介入とは、選挙・国民投票等の政治制度・プロセスに対する影響工作(influence operation)である。影響工作とは、外国勢力が対象社会の分断・政治制度の信頼性毀損させることを通じて政治目標を達成するための活動であり、秘密工作、公然たる工作、サイバー攻撃等を組み合わせものだ。選挙介入の効果は、単に①特定の候補者・政党・政策の実現可能性を高める・否定するにとどまらず、②対立する両陣営を支援し、政治争点を感情化させ、社会分断を煽ること、③特定の選挙結果、これによって当選した政治家や政策の正当性に疑念を抱かせること、ひいては④民主主義自体への信頼性を損ねることである。米国家情報長官室(ODNI)による評価報告書(2017年1月6日)も、ロシアによる16年米大統領選挙介入の動機を上記のように分析している。
 フェイクニュースは現代的選挙介入の手法・ツールのごく一部に過ぎない。例えば、16年米大統領選挙では、大別して3つのアプローチが確認された。第一に機密情報の窃取と暴露である。攻撃者は米民主党全国委員会(DNC)、米民主党議会選挙委員会(DCCC)、クリントン候補選挙対策事務所、共和党全国委員会(RNC)等のネットワークへ侵入を試み、機密情報を盗み、大量の情報をオンライン上で暴露した。暴露先は、攻撃者が作り上げた架空のペルソナ「Guccifer 2.0」を経由し、暴露サイト「DCLeaks.com」「WikiLeaks」等である。こうした暴露は選挙期間を通じて“小出し”に行われ、民主党・クリントン候補の重要な政治イベントに当てられた。
 第二に政府系メディアやSNS上での世論誘導である。Facebook上でのターゲティング政治広告、Facebook・Twitter・YouTube上での偽装アカウントの作成と偽情報の流布、トロールやボットまたは人力によるコメント投稿、そして政府系メディアによるプロパガンダ発信等である。
 第三に選挙インフラへの攻撃である。具体的には、投票結果の改竄(これは失敗)、有権者データーベースや選挙インフラベンダーへの攻撃等である。
 そして、こうした外国勢力による選挙介入は16年米大統領選挙や18年米中間選挙に限らず、少なくともウクライナ大統領選挙(2014年)、英国のEU離脱を問う国民投票(2016年)、フランス大統領選挙(2017年)、ドイツ連邦議会選挙(2017年)でも確認された。
 2019年、2020年と日本および世界各国で重要な国政選挙や国民投票が予定されている。攻撃者は一部の選挙・投票に対してサイバー攻撃とSNS上での工作活動を組み合わせた介入・干渉を試みるだろう。将来の選挙での介入を防ぎ、民主主義を守るため、行政・立法・政党・メディア・国民による総合的・統合的な対抗アプローチを構築していかなければならない。

※本コラムは、筆者と慶應義塾大学・土屋大洋教授による共著レポート「現代の選挙介入と日本での備え:サイバー攻撃とSNS上の影響工作が変える選挙介入」(2019年1月公開予定)の一部を改変したものです。